新今日もちんたら60kmの記事 (1/8)

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魅惑の駅弁フェア

昼ごろ近所のスーパーに定例の買い物行ったら、入口すぐのところに平台組んで大駅弁まつりやってた。この系列でこういうことやるの珍しい。 そして、開店からしばらく経つというのに、未だ弁当山積み。

近所の老舗百貨店で大北海道展とかやると、開店前から激しい行列が出来ててのんびりしてると目ぼしい弁当ほとんど無くなってる・・・・ってことがよくあるので、その対比で、笛吹けど踊らず感がちょっと悲しかった。

それはともかく今目の前には、北海道の魚介系弁当から、各地のブランド牛弁当、うに飯、牡蠣飯、イカ飯、押し寿司・・・もう胃袋何個あっても足りないぐらいソソル弁当がいっぱい並んでいる。 ヨメに「2個買っていい?2個買っていい?」とはしゃぎながら、行ったり来たりする。1個に絞れと言う方が無理!

結局絞りましたけどね。

駅弁 

食べたことなかったので、仙台の牛たん弁当。ヨメは北海道の海鮮丼てきなやつ。


家に帰って早速開ける。
なんかヒモ付いてて、よく見たら、加温装置付きのやつや!これも初めて! と、さらにテンション上がる。
ヒモ引っ張って、5分待つ。


フタを開ける。浅いプラスチック皿にご飯と何枚かのタンが乗っかっている。
最近のコンビニの中華丼のように、ご飯と具が分けて詰められていて食べる段になって初めて具とご飯を混ぜ合わせる・・・方式なのかと一瞬戸惑ってご飯とタンが乗った浅いトレイを持ち上げた


巨大なホッカイロのような、加温装置登場。 あ?え? バックヤードやん。見てはいけないやつやん。  ということは・・・食べれる部分はこのトレイの分だけなのね・・・えらい少ないな・・・

大きな箱と、ずっしり重量感に、すっかり騙されてしまった。
まあ、高いだけあって美味しかったですけどね!!いやほんとに。 厚切りで歯応えがあり、肉の味かタレの味か分からんが旨かった。 やっぱり本場仙台に行って食べたいなと思いましたもん。
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クリスマスイブイブ

土曜日。祝日だがコッテリ仕事。

晩飯食いに行ったあと、その足で近所のスーパーに定例買い物に行った。
ヨメちゃんの逆流性食道炎が再発しつつあるらしく、使用できる食材にいろいろ制限がかけられている。 総量が少なく済めば安上がりになるかなーとか考えていたが、なんだかんだでかえっていつもより高くつきそうな勢い。 どーせもうすぐ給料日やし!と途中から変なスイッチが入り、

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ブリしゃぶセットに手を出してしまった。
よめ「それ明日食べるん?(鮮度的に)大丈夫?」
おれ「あとで食う」
よめ「いま? ご飯たべたばっかやのに?」
おれ「おやつ!」
明日休みなので若干浮かれ気味。


鍋に湯を沸かし、付属のタレを溶かし、細く切ったネギとともにしゃぶしゃぶした。 そして久しぶりの缶チューハイ。 ブリしゃぶ考えた人、天才!

そしてその後、会社絡みで購買依頼のチラシが回ってきていた某ホテル内のケーキ屋のケーキを開封する。食欲ノンストップ。

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ヨメちゃんは甘い物もNGらしく、恨めしい目でおれを睨みつけながら「1人で食べれば!!」と言って下さったので、遠慮のう1人でいただいた。メリークリスマス。

初献血

生まれて初めて献血してきた。
正確に言うと、30年ほど前、学校に来ていた献血車に友達と突撃したことがあった。しかし、事前の血液適性検査?で比重が軽いことが判明したため、おまえの血イラネ!と門前払いされた。 おばちゃん看護婦に、「なんか顔色悪いと思ったもんねー」と笑われ、地味に傷ついた。 確かに、高校生の頃から貧血気味だと言われていたし、18になって晴れてひとり暮らしを始めてからというものロクな食生活をしていない自覚もあった。 連れの方がよっぽど色が白くて不健康そうなのに、普通に合格していたのも、もやもやに拍車をかけた。

それから30年後。
ヨメの買い物の付き添いでやってきたデパートで、昼飯食って、さあ帰りますかー!ってときに、たまたま目の前に献血ルームがあり、ふと吸い込まれた。
おれ「ちょっと献血してくるわー」
よめ「え? え、うん・・・」
それ以来健康診断で貧血だと指摘されることはなくなったし、ここ数年まともな食生活をしてると思ってるので、いまのおれの血どうよ?ぐらいの確認のつもり。

すぐ行って腕めくってちゅぅ~っと抜いてすぐ終わるのかと思っていたが、初めて同然なので説明やら問診やらなんやらで検査の血抜くまでにもたもたした上に、自分の腕に記された番号と、現在呼び出されている番号が相当かけ離れているし、受付のほうから「2時間待ち」とかいう単語が聞こえてきていたりもする。 予備検査の結果、とくに問題はなく濃さも十分で、無事抜いてもらえることになった。 お墨付きもらえたのでほっとした。

おれ「すまん なんかよー分からんけど時間かかりそう」
よめ「・・・ぷりぷり」

よく見ると待合室にもそこそこ人がいる。のんびり雑誌ひろげたりお茶すすったり、何かを待ってる風情。 もしかして、これ、ぜんぶ献血待ちなのかなー? 終わってゆっくりしてる人? ただの休憩所代わりに使ってる人もいる?? もしかして無料のジュース飲みに勝手に入り込んでる?
しかも、よくよく見ると、そこにいる人達が、言いにくいが…ヲタクか引き籠もりか…というった風体の人ばかりで不思議な雰囲気。

初めて枠なのか分からないが、番号すっとばして早く呼ばれて、実際に血抜く部屋に入ると、ベッドがいっぱい並んでいてそこにも人がいっぱいいる! なんなんだ献血ブーム?

おれ「意外と人多いんですね」
担当おばちゃん「私たちもびっくりしてる」
おれ「いつもはこんなに混んでるわけじゃないんですか?」
おば「そう いつもの日曜日よりも多いぐらい」
おれ「クリスマス前だからか街は浮かれた人多いですからねー」
(待合室にいた人たちは、そういうのとは無縁ぽかったが…)

針刺されて、ドス黒い血が管を通ってパックに溜まってく様子を眺めてた。

周りのベッドの人たちは雑誌読んだりくつろいでる雰囲気だが、おれは、目の前にある雑誌棚のどれを読もうかなーと物色してるうちに、終わった。針穴にシール貼られて、また待合室に追い出された。

また水分補給して、終了。帰っていいよと言われたので退散。
簡単に400ccというが、血液総量の何パーセントぐらいなんだろうか?  静脈から抜いた、ようは「用済みの血」でも役に立つのだろうか? かといって動脈から抜くワケにもいかないんだろうし・・・  どうでもいい雑談はできたが、肝心のことは聞けなかった。

もらったポイントカード眺める。次に献血が可能になる日付がかかれている。
よめ「また来るん?」
おれ「すぐかは分からんが、いつか来るやろな」
よめ「何回も献血しとる人とか、おるんやろ」
おれ「全国献血めぐりとか?」
よめ「趣味:献血?」
おれ「地味な趣味やなー」

M1グランプリ、立ち見

テレビが映らなくなった。
電源の緑色ランプのみ点いてはいるが、それだけ。何も映らない。 主電源切って…入れたり、コンセント抜いて…刺したり、したが駄目。 まだ5、6年ほどしか経ってないはずなのに、早くないー?
まあ、おれ自身はテレビジョンなぞ無くても全然構わないし困らない。いっそのことNHKの受信料もケーブルテレビの料金も払わなくて済むようになるならむしろその方がイイなーとか思うが、ヨメさまはテレビ大好きっ子なのでそういうワケにもいかない。 もうすぐボーナス出ることだし、しゃあねえな新しいの買いに行くか、のつもりでいた。

いろいろ調べているうちに、プラズマテレビでリコール寸前?扱いで無料で修理してもらったとかいう話も聞いたので、おれもとりあえず週明けにメーカーに電話してみようと思った。 

ただでさえ新聞止めたうえにテレビもないので、しゃばの情報から隔離されかけてる我が家。 ヨメがネットから「今日の夕方M1やるみたい!」という情報を拾ってきた。

げ。それは見たい。

慌ててテレビ買いに行こうか、レコーダをPC用のモニターになんとかして繋げられないか、また弟に連絡してビデオ録っておいてもらおうか、いろいろ思案したがどうしようもなく一時は完全に諦めた。 しかし唐突に、そーいえばケイタイにワンセグ付いてるやん!ということを思い出した。ケイタイごちょごちょする。ワンセグの起動の仕方わすれてた。

おれ「えむわん、何チャンネル?」
よめ「朝日」
おれ(・・・嫌な予感)

県内にはテレ朝系列のテレビ局がない。通常時は、加入しているケーブルテレビ会社のご厚意で隣の県のテレ朝系列のチャンネルが見られるようになっているが、ワンセグに関しては県内のチャンネルでさえ覚束ない電波状況であるので、山一つ越えた隣の県の電波が届くとはとても思えない。

案の定、受信できなかった。 ここで完全に諦め

・・・・・切れず、だめもとで2階のベランダ行ってみた。 映った! さすが外! アンテナ2本しか立ってないが、とりあえず途切れずにスムーズに視聴できる。 ただ、めっちゃ、寒い。推定気温3度。 ときおり通る電車の音もとても邪魔。(うちの裏が線路)

コント1本見て、終わったら室内かけこみしばし暖を取り、また気合入れて外に出る・・・ を繰り返して何本か見たが、いいかげん寒さに耐えれなくなってきた。 決勝の3組だけでも見れたらいいかな・・・と一旦、1階の寝室に回避。

またもやダメもとで、ケイタイ持ったままで寝室をうろうろしてみる。すると、ときどき映る瞬間がある。おラッキーと思って座ると映らなくなる。立つと映る。 なんやねん、この微妙な電波濃淡。 ヨメの冷たい視線にも耐えて結局最後まで立って見てた。 おめでとう、とろサーモン。


週明け、修理屋に電話し、先日修理が終わった。なんやらいう基盤を交換。 もろもろ含めて18000円なり。 安ついたんだか高ついたんだか。

現場からお伝えします

油のタンクや給油口の設備などを設計する人は、どうしてローリー運転手の意見を汲み取ろうとしてくれないのだろうか。 せめて一回ぐらい、荷卸しの現場というものを見学してみてはくれないだろうか。
ローリーが近づけないような所に給油口を作ったり、ローリーを止める地面が傾斜しすぎていたり、壁やフェンスが邪魔していてホースの取り回しが極端に不便だったり・・・
とくに学校病院などの公共施設に変な現場は多い気がする。

今回のは、びみょうに離れているパターン。
植え込みを気にせず縁石ギリギリまで寄せ、後ろも縁石ギリギリまで下がり、
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4mホースでようやく届く。
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(消火器は、せめて荷重を分散させてホースの負担を減らそうと置いてみたもの)

実はこの右側にもう1つタンク&給油口がある。完全に届かない。 ホース2本繋ぎの刑。 ただ、非常発電用の燃料を備蓄するタンクらしく、通常はそのタンクには用がないらしい。助かった。

あと、多いのは、給油口が高い位置に設置されてるトコ。
↑の下の写真も地面から50~60cmほど配管が立ち上がっているが、これぐらいならまあ許容範囲で、ようはローリー側の吐出口よりも高いといろいろと都合が悪い。 そもそも液体は高い所から低い所に流れるように出来ている。そういう生き物だし、そういう性質を利用して我々は仕事をしている。 作る人ももうちょっと想像力を働かせてみてほしい。


一番酷いと思ったのは、どっかの山奥の小学校で、コの字型の校舎と外壁に囲まれた中庭にタンク&給油口があり、当然クルマもローリーも近づくことなど出来ず、自前のホース2本繋いだ上に「10mホース」という特注品も繋いでやっと届く…という現場。 誰か設計段階で「このタンクにどうやって荷卸しするん?ローリー近づけんで?」と指摘できる人はいなかったのか? せめて後付けで配管延長してくれてもいいんじゃないか? 18mもホースあると、残油をたぐって送り込むだけでも相当な労力である。

もう何年も行ってないし、話も聞かないので、今どうなってるのかは知らない。

横乗りめんどくちゃい

トレーラの横乗りをする機会が多い。横乗りすなわち添乗教育。
トラックには乗れるがトレーラはペーパー、という人に1からトレーラーバックを教えるパターンと、
よその会社でトレーラに乗ってましたという人に、海コンの仕事(主にコンテナヤードのルール・作法)を教えるパターンがある。もちろん前者は期間が長く、後者は短い。

今回は他の運送会社でケミカルローリー(単車・トレーラどちらも)に長いこと乗っていたという、むしろ大先輩を指導させて頂く…という立場。 トレーラのバックについては今更なにも教えることも心配することもない。 ジーチャンらしく運転が大雑把で我がままな為にちょいちょいイラつくことはあったが、基本的には気楽な横乗り期間だった。

そもそも、1人で仕事がしたい為にトラック運転手という職業を選んだ部分も大いにある。根本的に社交的な部類ではない。 ので赤の他人と狭い空間に何時間も閉じ込められる「横乗り」という制度はやはり苦痛でしかない。  まあ自分自身はずっと無言でも全然へっちゃらなので・・・正確に言うと、podcast聴けないのが不満!なだけなのだが。 ラジオ聴きながらドライブ出来るから良い仕事なんじゃないか!


ようやく本日Mさん卒業。おれ自身も解放されて、ほっとしている。タバコのケムリからも解放! あとは、とりあえずMさんが事故・トラブルしないように祈るだけである。
GW明けごろに添乗してたSさんは、おれから独り立ちして1週間後ぐらいに、

ゆるい傾斜地に停められていたシャーシに連結する際にヘッドのサイドブレーキを引き忘れ、エアのホースを繋いだ途端にヘッド+シャーシが傾斜に沿って勝手に移動を始め・・・フェンスを大破させる

という、うっかりミスな割に損害が大きい事故をやらかしてしまって、まあ直接オレの指導が悪かったせいではないだろうが、後味は悪かった。 トラック何十年も乗ってた人に、「ちゃんとサイドブレーキ引けよ!」っていちいち言わなアカンか?

工場スラング

JR貨物の駅で、「アクリル酸2エチルヘキシル」が20トン入ったタンクコンテナを引き取り、化学工場へ運ぶ。
守衛で入構手続きをし、カンカン場で計量して、トラックを所定のタンクの前に停め、歩いて事務所へ行く。

おれ「こんちわー! あくりるさん…に…えちるへきしる…(←伝票見ながら棒読み)持ってきましたー!」
係の人「あ、『ニエチ』ね はいはい」

にえち! おれが苦労してタドタドしく読み上げたアクリル酸2エチルヘキシルがたった3文字に略されてしまった。 そっか。ジモティはそういう風に略すのか。次からおれも「ニエチ持ってきました!」と言おう。


半年後。
また同じ物質を同じ工場に運ぶ機会があった。
颯爽と「こんちわー!ニエチ持ってきましたー!」
係の人たち(・・・きょとん)
おれ(あれ通じんかったのかな・・・?はずかし・・・)「アクリル酸2エチルヘキシル。持ってきました。んですけど」
間近にいた係の人「はいはい」

単純に愛想が少ない人達だったような気がしないでもない。


別の日、別の工場。
積荷は「high density polyethylene」(高密度ポリエチレン?)。 袋物がパレット積みされてラップでぐるぐる巻き、のものが20個ほど。いつもたぶん同じものを運んでいる、と思っていたのだが、所定のホームに付けて担当のオッチャンに挨拶しに行くと、
「何もってきた?」と聞かれて、何って言われてもいつも同じやんけ!と思いつつ、
「はいでんしてぃ…ぽりえち…って書いてありますけど」と伝票に書かれてる品名を読み上げると、
「あー ハイデンね」
ハイデン!なんか斬新な響き。ここではハイデンって略してんのか! つーか、他に何デンあるの? 低密度とかあるのか?ローデン?


よく分からんが、あちこちで独自の略称が発生してることが分かっておもしろかった。
トレーラーの前の角の部分(交差点で右左折するときに対向車線に大きくはみ出る部分)を、おれら?うちの会社界隈では『肩』と呼んでいるが(例:あそこの交差点は狭くて肩はみでるから気を付けなはれや)、『アゴ』と呼んでいる人たちがいるということを知った時もちょっとした驚きだった。あご? 顔の部位に例えるのならやっぱトラクタじゃない? フロントバンパー→アゴならまだ分からなくもない。 その略称を使う機会が思い浮かばないが。

過酸化水素(かさんかすいそ)を『かすい』って略すのはようやく慣れてきたが、ある工場だけで使われている『K液(けーえき)』という呼び方にはいまだに慣れない。たぶんそこ以外の人には通じないんじゃない??

会社燃えた

台風直撃の朝、会社に着くとなんかいつもと違う、ただ事でない雰囲気。
あれなんやろなんか違うなんやろなんやろ・・・と考えながら事務所に向かう。あー真っ暗だからか。 すでに何人も出勤してきてるハズなのにトラック置き場に照明が点いてない。 いや、そもそもこの時間(AM5:00)にこんなに乗用車いっぱい停まってるのも珍しくね?
暗がりに目が慣れてきたころ、パトカーと消防車が見えた。事務所の前に。 はて?  くんくん、あれ、なんか焦げ臭い?
部長とすれ違う。「ぼやや!」「はひ!?」

配電盤がショートか何かで燃え、溶け落ちた何かが、その真下にあった洗濯機を発火させた、らしい。洗濯機のあった場所と配電盤のあった場所が真っ黒コゲ。 真っ暗闇の中、警察と消防が現場検証し、周囲を部長と社長がうろついていた、というところ。
あと、強風の影響なのか、落ち葉・ごみ・発泡スチロールの欠片みたいなものが尋常じゃない密度で敷地の隅々にまで散乱していた。事務所の人間がひたすら箒でかき集めていた。

2階の運転手溜まり場に行ってみると、K君が朝4時に出勤してきたら洗濯機が燃え盛っていて、とっさにはどうしようも出来ず119した。うんぬん。という武勇伝で盛り上がっていた。
社屋自体の電気系統は無事だった(100Vだからか。 点かないのは、外の照明・洗車機・計量機など200Vのものばかり)。 というか、そもそも、会社全部に燃え移らなくて良かったね。K君がたまたま早出の仕事で早期発見できて良かったね。 全焼してたらそんな呑気にバカ笑い出来てたはずもない。 配電盤のすぐ横の区画にたまたまトラック止まってなかったのも幸運だったのかも。


2年以内に移転することが決まっているので大掛かりな修理・リフォームなんてことはたぶんしないんだろうけど、とりあえず早く照明だけでも復活させてくれ! 暗くなってから帰庫すると真っ暗で車庫入れすんのが怖い! あと親会社の車庫に燃料入れに行かなならんのも地味にめんどくさい。

ジローケーに翻弄される50前のオッサン

平日休み。ヨメちゃんと映画観に行ったあと、googleマップに「ラーメン」と入れて出てきたリストの中から、割と近くにあった初見のラーメン屋に入ってみた。
ここんとこいろんな店でブラックラーメンばかり食べていたので、ここでも何も考えず「ブラック野郎」というメニューを注文した。

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写真借り物
実際は、麺を大盛りにした為、どんぶりの上縁外周が山盛りモヤシが成す円錐の底面と一致している状態。麺もスープも見えていない。

なにこのモヤシの山!

二郎系という言葉をどこかで見たり聞いたりしたことはあったが、もしかして、目の前にあるコレがそうなんじゃないのか・・・?と思い始める。  カマクラ掘っても脇に寄せようとしてもくずれそうなモヤシの山。 食べて排除するしかないのか…

ひたすらゆでモヤシを食う。 なにやってんだおれ。

麺とスープとご対面できるまで嵩が減って、ようやくラーメンを食べてる気分になってきた。 最近食べた本格的な?「富山ブラック」達と比べてもガツンとしすぎておらず普通に美味しい。 厚切りとはもはや呼べないチャーシューの角切りも、ぬるかったが(載せた時点で常温だったのだろう)美味しい。 箸がプラスチック?製で麺がつるつる滑って尋常じゃなく食べにくいので、店員呼んで割り箸に替えてもらおうかと何度も思ったが、ラーメンが運ばれてきた直後に、

おれ「すいませんライスもらえますか?」
店員「あ、食券をお買いもとめ…」
おれ「あ!そっか!食券制でしたね…」
店員「お金いただければ発券してライスお持ちしますよ」
おれ「あ、あ、すいません じゃあお願いします」小銭を渡す
しばらくののち
店員「ライスですどうぞ(にこ」

みたいなコッ恥ずかしい出来事をやらかしていたため、なんとなくお願いしづらい。 麺やモヤシがつるつる滑って、周囲に汁とばしまくり。 そして、口の中も周りも胃袋も脂でギトギトになりながらなんとか麺とモヤシを食べ終わった頃に、気付く。

もしかしてさっきのモヤシって、真っ先にやっつけるべき邪魔者、ではなく、口の中をサッパリさせるために後半にまで取っておくべきオアシス的存在だったのではないか・・・? ということは、やっぱり最初にすることは、モヤシの山をできるだけ温存しつつ麺とスープに辿り着くようなトンネルを掘ることなのだろうか。 
などと考えながら、背脂とニンニクが浮いた真っ黒なスープを飲み干す。 まあ、どっちでもいい。 もう二度と食べないだろうから。



何時間たってもモタレ感は収まらない。晩御飯はサラダとキムチと厚揚げ焼いたんとビール。 炭水化物も肉も必要としなくなる日が来るなんて、若い頃の自分には想像できなかった。

まだ合併途中

4月1日にエネオスとエクソンモービルが合併!
という話を聞いていたが、前日になっても具体的な話も動きも全くなく、4月1日になって変わったところといえば出荷伝票の EМGグループ の文字が J×丁Gグループ に変わっただけ。

J○M○と旧工ネオスの合併のときも、SSの看板が変わり・・、ローリーの塗装が変わり(まだこの段階では旧J○M○車は旧J○M○のスタンドだけ、旧工ネオス車は工ネオスのスタンドだけ行く)・・・、どっちのスタンドにも行かされるようになり・・・・、と段階を踏んでいたので今回もそういうことなのでしょう。

ただ、工ネオスのローリに何年か乗ってた身としては、EМのローリーにも半年ほど乗ってみて、この丸っきり方針が違う二つの会社が本当に一つになってやっていけるのかという心配が湧いております。

転落の危険があるため乗務員にもSSマンにもローリーの上に昇らせないという大前提があるEМ。
・そのため全車エア式底弁装備。まあそれはいいのだが、
・SS内ではハッチを開けて残油確認できない(させない)ので、1つのハッチを降ろし終わる(サイトグラスの中を液体が流れなくなるまで見守る)まで次のハッチを卸すことができない。(例えば16k車にレギュラー16k積んで、全量を1つのタンクにどーんと降ろす…という場合でも、他社のローリーなら当たり前にやってる全ハッチの底弁いっぺんに開けてぼーっと待つ…ということが出来ない)
・当然、トレーラーだって配管1系統しかない。敢えて。  レギュラー10kと軽油10k持って行って、他社ならホース2本繋いでガソリンと軽油同時にだーっと降ろして時間半分で済むところを、EМはレギュラー降ろしたあと軽油降ろすことになる。20k分の時間しっかりかかる。
・誤納・混油防止のために、荷卸ししないタンクの前尺・後尺も確認しなければならない。デジタルならいいが、いちいちマンホールめくるタイプだとひたすら時間かかる。 (←これはもしかしたらEМではなく、元請けU社独自の方針かもしれない)

などなど、安全最優先・効率無視とでもいうか、ひたすら時間がかかる方向にマニュアルが定められている。 かたや、Eネオスは・・・まあ安全を軽視してるというわけではないが、他社の嫌がる様な細かい仕事もぜんぶ拾ってきてとりあえず配車はパンパンである。EМのようなやり方をしていては次の日になっても仕事は終わらないだろう。 語弊があるかもしれないが、おれの印象ではEМの配車は運転手に優しい。J×の配車係は運転手に優しくない。

どっちのルールに合わせるのか・・・きっとEМ流に合わせることはないだろうけど・・・EМ流、J×流それぞれのやり方に慣れた運転手、SSマンそれぞれの混乱が目に浮かぶようです。

エッソのローリに、再び

15年前。おれが今の油送会社に入ったとき、そこの営業所の主な仕事はエッソ印のローリー(エクソンモービルの油槽所からエクソンモービルグループ各SSへ油を運ぶ)だった。
最初の2年重油ローリーに乗って、その後、ようやく白油ローリーも覚えて独り立ち!したころに、エクソンモービル社が方針を変えた。

今後、うちの油を運んでもらう業者は、入札で決めます。

入札、すなわち、一番安い運賃で運んでくれるところにお任せしまーす、ということである。それまでエッソと長いこと付き合いのあった、しかし単なる中小企業でしかないうちの会社は慌てた。どう考えても体力の違い過ぎる、全国規模の大企業(NとかUとか)にかっさらわれるに違いないからである。
こっちとしても親会社といろいろ策を練ったのだろうが、結局U社が入札を勝ち取った。

途端に仕事が無くなってヒマになったので、J○M○のローリーでも乗ってこい!と隣の営業所へ異動になったり、親会社の海コンの仕事が始まったり、いろいろしてるうちに10年たった。 先頃U社から、「うちのエッソのローリー、お宅で1台請け負ってはもらえないか」という話が回ってきた。 うちがギリギリまで引き下げて提示した運賃より、遥かに安い値段を掲げて請け負ったU社の、下請け。
春に、エネオスと東燃ゼネラルの合併を控えていることを踏まえて某かの意図があるのかもしれないし、まあ、運賃がどーのこーのはおれらが考えてもどうしようもないことなのだが、ようはまた、エッソのローリーに乗れ!という指令が下ったわけである。 


いくつかのスタンドは閉店し、新しいスタンドもいっぱいオープンし、混油防止システムもバーコード式からハイテク式に変わり、いろいろ環境の変化があるわけだが、基本的にはどこの看板だろうが無印だろうが、やることは同じ。

当時エッソのローリーに乗ってた人間が2人残ってるので、とりあえずはその2人でやりたまえ!ということになった。
しかし365日、日曜祭日も、盆も正月も関係なく稼働するこのローリー。 現時点で乗れるのはおれともう1人の先輩のみ。 一週間おきに日曜出勤して、いままでは正月に5連休とかザラだったのに急におちょこも箸も取り上げられて働けと言われても、そんな急に心構えできない。 海コンしか乗れなくてやっぱり今年も当然のように5連休を謳歌する連中を尻目に、おれらだけ馬車馬のように働かされるのもなんか納得いかない。 ホントに代休もらえるんか?

RORO船への積み込み

コンテナの仕事であと一つ、今までやったことなかった仕事が回ってきた。 RORO船の荷役作業。 船からシャーシを降ろしたり、逆にシャーシを積み込んだり。

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↑白い長方形の鉄板が、ボタン1つでスロープ↓に変身!
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ここからトラック(or トラクタ+トレーラ or 乗用車 or bike... )ごと乗り込むことが出来ます。 岸壁に並べてある貨物満載のトレーラ50本ほどを、3台のヘッドでこの船の中に運びます。

内側から見た様子。
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右奥の眩しさの源が出入り口。
いちおう船の前後(右前、右後)の2か所に出入り口は存在しているのだが、今回は前方の出入り口のみ使用した。

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この線に沿ってずっとバックしていきます。拘束用の輪っかが凸凹していて走りにくいです。そして何より、狭くて、暗い。 あと、この柱!すげー邪魔! 柱のそばに停める場合、キッチリ線に沿って下がってるつもりでもヘッドのミラーがぶつかってしまうのでどうしてもクネクネせざるを得ない。

そして、途中まではUターンする場所も十分にあっていいのだが、終盤になるにつれて首振ったり折ったりの自由が利かなくなってくる。 最終盤は、あのスロープをバックで上がらなくてはならない。ちょっとでもひるんでアクセル緩めると30トンのトレーラに押し戻される…

そして今回は、一番最後のトレーラがおれの担当になったので、先に終わった同僚運転手、船会社の人、海陸業者の人、偉いっぽい人・・・全員で見守って下さる中をバックさせていただけるという・・・光栄に浴しました。 あー緊張したー!

さいごに

というわけで、ココはもう更新しないことにします。長らくのご愛顧ありがとうございました。(特にTK様) FC2はアフィリエイト?に夢中な人が多く、普通の日記を普通に読んだり書いたりしたいだけの自分には合わなかった。  引き続き、過去ログ置場としてFC2様にはお世話になります。

今後は、「今日の(も)晩飯当番、おれ」というブログの方だけを主に更新していきます。晩御飯の話しかしませんが。
仕事の話でどうしても書きたいことが発生すればこっそりココに書くかもしれませんが・・・おそらく、今いる会社を辞めたときぐらいでしょうね。ヤメてしまえば、これまであちこちに気を遣って言えなかったあんなことやこんなこと全部晒してしまえるので。


最後に、最近自分の周りの仕事関係で気になったネタといえば、

・ローリーひっくり返して、首都高燃やした会社と運転手がン十億円請求されたって話。
 明日は我が身。くわばらくわばら。 保険でなんとなかなるん? 

・韓進(ハンジン)海運が潰れたって話。
 おれら末端の運転手レベルでは、目に分かるぐらいの影響は今のところない。 1度だけ、ハンジンの船に乗せる予定だった輸出コンテナを、一旦中身引っ張り出して、他の船会社のコンテナに乗せ換えたことがあった。ぐらい。
 その会社が勝手にこけただけって話なのか、韓国海運全体があぶないのか、この先おれらにどう影響あるのかは・・・全然分からない。

・JXと東燃の合併話
 貪欲ですな。

コンテナ写真館3

恒例?月一更新。

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40ftシャーシのケツの3軸がシングルタイヤ。初めて見た。というか、そんなのが存在してることさえ知らなかった。 その分、タイヤが太くなっている。結果的に最大積載量は通常のダブルタイヤのシャーシと変わらない。
どっちがお得なのかよく分からない。

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ある日突然、高速道路わきにクレーンが大量にそそり立った。一体何が始まるのかと思って見ていたら

DCIM1343_2016081612144643e.jpg2か月後
みるみるうちに形が出来ていき、
DCIM1793.jpg半年後
あっという間にでっかい工場が出来上がった。最近はこういう風にタンクも配管も全部覆って隠してしまう工場が多いように思える。秘密保持の為なのか汚染防止の為なのか分からないが、工場萌え~な人間にとっては寂しい流れである。


DCIM1797.jpg 
ときどきこういう隙間に隠れて、RTGのオペレーターが立ち○○○してたりする。


DCIM2202.jpg DCIM2161.jpg
危険物シールマニア、狂喜。 剥がす人、大変そー


DCIM2247.jpg 
港から8号線に出る大きな交差点の直前、同業者が山ほど行きかう分離帯でのんびり休憩してるトレーラ。


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起重機船。 なに吊ってるのか何の作業してるのか知らんが、とりあえず、でっかいモン見ると興奮してしまう。いろんな角度から何十枚も写真撮ってしまった。


DCIM1798-.jpg
立体化しています。
立体にしています。

なぜか二階に置いてあるタンク

過酸化水素のローリーで330km先の化学工場へ。
工場内にカスイのタンクは2か所(計3基ABC)あって、1つは以前行ったことがある。 いろんな薬品のタンクがずらずらっと並んでるうちの、ちょっと離れた2つのタンクA・Bに半分ずつぐらい降ろす。 自車のコンプレッサーでタンク内の圧力を上げて押し出す方式の降ろし方でハッチの途中で差し割するというのは、重力降ろし方式の燃料ローリーの差し割と比べて、地味にメンドクサイ。

※差し割りというのは、
 例えば2kハッチ(2000リットル)のうちの1500リットルをAタンクへ、残り500リットルをBタンクへ分けて降ろすというように、1つのハッチから複数のタンクに降ろすこと。
途中でバルブを閉めていきなりホースを外そうとしても、ホースの中に液体がぱんぱんに残ったまま(さらに圧がかかったままのことも)なので金具を外した瞬間に液体が飛散して悲惨なことになるので、その前に多少の準備操作が必要となる。



今日行ったタンクCは初めてのトコ。
給油口はすぐソコにあるが、タンクが2階に設置されている!!

まず前尺(降ろす前の時点でのタンクの在庫量)を確認しに行く。 1かーい。
ホース繋いで圧送開始したのち、ちゃんと送液されているかを確認するためにタンクまで行く。 2かーーい。
無事荷卸し終了したら、後尺(全量降ろした後のタンクの在庫量)を確認しにいく。 3かーーーい。

最低3往復しなくてはならない。 最初の1回目のみ、先方の立会者さんに先導してもらい、ドア開けたり、照明付けてもらったり、おれはただ着いていった。 思ったより歩く。 ドア、階段、ドアドアドア。全部で4つぐらいの部屋を横切る。

おれ「いやー、これ、迷子になりますね」
担当者「ははは。そうかもしれないですね」
おれ(笑い事じゃないって)

全量受け入れ可能なことを共に確認し、担当者は「じゃあとはヨロシク!」と去って行った。
ホース繋いでタンク側バルブ開けてポンプスイッチ入れて、ローリーのバルブを開ける。 いつでもドキドキする瞬間である。

小走りでタンクに向かう。2往復目。迷いながらもなんとかタンクにたどり着いた。
げ。メーター動いてない! なんでやろ。 大走りでローリーに戻る。

コンプレッサーのバルブがちょっと緩んでた。(→エアが漏れるため、送液に必要な圧力にまで達しない) 締め直して、またタンクまで走る。 余計な3往復目。

メーター作動よし!

ふう。ゆっくり歩いてローリーまで戻る。もう汗ばんできた。
何回か道に迷いかけたので、とりあえず次に行くときのために、また他の人が行くときのために、構内地図を書くことにした。 紙とペンを持って、さらに往復する。 自発的にやってることなので、往復サセラレテル感はないし、ぜんぜん慌てる必要もない。(というか疲れて走れない) そして部屋の見取り図をメモりながらちょっとニヤニヤする。

まさか現実世界でダンジョンをマッピングする日が来ようとは。

わくわく生き物ランド

去年と一昨々年、ダニが大量発生した我が家。
ヨメは毎日ぼっこぼこに咬まれて、掻き毟って、見るも無残な体になっていた。 (なぜか、おれはほぼ無傷。)

布団丸洗いしても、布団を黒いビニール袋に入れて炎天下の車中に放置してみても、毎日毎日ふとんにレイコップを走らせてみても布団乾燥機かけてみても、何をしてもダメ。 リビングのソファやラグマットの上でくつろぐことも出来なくなり、夜も安心して寝られる場所もなく、ノイローゼ状態だった。 見ていて痛々しかったが、目に見えない敵ということもあり何も出来ることはなかった。

一応我が家的には、飼い犬を外に散歩させたときにどこかで拾ってきたものが家で大繁殖したのではないか、という結論になっているのだが、今年はとりあえず出来る対策は全部やった。

飼い犬にダニ対策用の薬を塗った。
ちょいちょい畳を干すようになった。畳の下にダニ忌避シート敷いた。
ダニ忌避洗剤で定期的にシーツ・布団など洗っている。
レイコップは壊れたので捨てた。
和室(寝室)専用の除湿機を導入した。部屋を閉め切って連日フル稼働させているが1日に何リットルも水が溜まる・・・

とりあえず今年はまだ出ていないダニ。


・・・と思ってたら、こんどはゲジゲジとかいう虫が室内にちょいちょい現れるようになった。主に玄関。たまに和室。
見た目がちょっとアレなぐらいで、危害加えるわけでなし飛ぶわけでもなし別に気にせんでえーやん、すぐ捕まえれるし、と思うのだが、虫嫌いのヨメはそれだけのことで発狂寸前。 あんなデカいモンが一体どこから進入してくるのか??というミステリーな部分も含めて、大変な恐怖らしい。 

誰かがポストから投げ入れてるんじゃないか?

とか本気で言い出したので、ゲジゲジあっちいけ薬を買ってきて家の周りに撒いた。1週間ほどたったがそれから見ていない。 やっぱ外界からどっかの隙間経由で侵入していたということなのだろうか。


そういうときこそ、飼い犬か飼い猫に頑張ってもらいたいのだが、飼い馴らされてるうちにそういう野生な部分は無くなっていくもんなんだろうか。

という宣伝

いやー!とうとうやってもうた一カ月無更新の刑。7月10日が期限だと思って油断してた。

結局スマホ(正確にはタブレット?)買ってもうてどうでもいいようなゲームにハマってるだとか、それにもめげずに小説読む時間だけはなんとか確保したいとか理由はいろいろあるが、更新が滞ってた一番の原因はたぶんこれ。

yahooブログ
「今日の(も)晩飯当番、おれ」


当初は晩ご飯のことだけYahooブログで書いて、仕事のコトや他のコトは今まで通りFC2ブログで書くつもりで並行してやってたんだけど、やっぱ掛け持ちはムリ。1日2つも書くのめんどくさい。

待つのが仕事というけれど

次の日はまた海コン。港からすぐ近くの金属加工工場。毎日輸出輸入合わせて1日5本から10本ぐらいのコンテナを出し入れしている。ヘッド何台も投入されることもある。

今日は3台体制の2番手。朝一40ft輸入コンテナを持っていった。
扉を開けてみたら壮大に荷崩れしてたらしく、後回しにされた。 「呼びに来るまでしばらく待機してて~」「はい分かりました(あざーす)」
自由時間スタート!  読書して、ゲームして、うたた寝。読書して、うたた寝、うたた寝、うたた寝。

コンコン。ドアをノックする音。
ハッ寝てた!「しゅいません」
「いいよ~付けて~」

ようやくステージに付け、そこからようやく荷卸し開始。 自由時間スタート! 読書、ゲーム、オヤツ、うたた寝。

午前中いっぱいかかって荷卸し終了。
昼飯食って、また休憩して、港へ。 空になったコンテナを返却して、次のコンテナを引き取る。

さっきの工場へ向かう。
担当者の立ち会いのもと、コンテナの扉を開ける。
「あぁ、コレか・・・ 先にアレ終わらせるから」 後ろのトラックを指さす。
「は!分かりました(あざーす)」

数日前から1日1本、40ftでやたら時間のかかるコンテナが搬入されてきているらしい。コレもソレらしい。 また待つ。 ホームに付けてさらに待つ。

待ってばっかり! タブレットの電池なくなった。 小説1冊終わった。 オヤツもコーヒーもなくなった。
片道5分ほどの所を2往復しただけ。なんていい仕事なんだ。

昨日とのギャップが激しすぎる。

夏の軽油祭り

オレと、もう一人の副班長の2人で、海コンの週とローリーの週を交互に担当している。
のだが、オレは10日に1度四日市行きの仕事が回ってくるし、やつは組合絡みでいろいろあるので、多分に流動的。 結局ずーっと海コン乗ってるってことも多い。

そんななか久々にローリー乗務。
1回転目。
金属系工場の敷地内にある専属運送屋の自家給油所へ軽油4k。 「8時までに荷卸し完了せよ」という指示が出ているのだが、ノーマーク車は7時にならないと油槽所に入れないことになっているので、そもそも無理な相談。 そもそもといえば、8時になるとその給油所へフォークリフト部隊が大挙して押し寄せることになるので、さっさと荷下ろし終わらせてその時間までには退去しやがれということなのだが、そもそも普通リフトの給油なんて、前の日、仕事終わった後にするもんじゃね?
開き直って遅めに行ってやったら給油所に誰もいなかった。結果的に双方丸く収まった。

特約店Mの燃料基地へ灯油と軽油。 地上タンク。
ローリー乗って10年以上たつが、いまだにポンプ卸しだけは、途中でポンプが止まりはしないか・・・パッキンから漏れやしないか・・・と胃が痛くなる。

この2か所は無人。受領書にハンコ貰ったりする手間がかからないのでラク。勝手に卸して勝手に帰ってくる。

2回転目。
初めて行く老人ホーム系の病院に灯油6kと、我々と同じ元受の仕事をしている運送屋Jへ軽油6k。
堤防道路から、普段は降りないような狭いランプを降りていかなければならない。 知らなければ、絶対に大型車で通ろうなんて思わないほどの道幅の狭さ。 一瞬迷ったが、繁みの向こうに当該建物が見えているので、どう考えてもここを降りていかなければならないようだ。
仕方がないので乗用車の幅しかアスファルト舗装されてない道(路肩は未舗装)を脱輪しながら下って行く。曲がった先がまた狭い。どこまでが道でどこまでが草むらでどこからが路外なのか判然としない。 気にせず走る。 みんなココ通ってるって言ってたから行けるんやろ。
肝心のローリー止めるポイントがまた狭い。ギリギリまで寄ってギリギリまで下がってようやくギリギリホースが届く。 そこまでするともう運転席側のドア開けれないので、ちょっと下がっては助手席から降りて後ろ確認してまた助手席から乗り込んで・・・ああああめんどくせーなーおい! こういうトコはミニローリーで配達してくれませんかねえ。

荷卸ししながら、もっと広いルートはないかと懸命に地図とにらめっこしたが・・・結局来た道戻るのが一番広いんじゃねえのか?という結論に達し、同じ道を戻った。 あとで同僚に話したら「おれもそう思う」と言ってた。 だから結局そのルートを紹介されたのだろう。

運送屋J、ちょうどお昼ご飯タイムに到着。事務所のドアを開けると・・・オバチャンとおねーさんが弁当食べてた。 気まずい。 かといってお昼休み終わるまで待ってるのもメンドクサイ。

「お昼どきにすいません…軽油もってきました…」
「あ、どうもー 卸してってください」 ほっ

時々、<いま昼休みじゃ!出直して来い!>とブチ切れる人もいるので、12時~13時に突撃せざるを得ないときはいつもドキドキする。

3回転目。
運送屋Hへ軽油10kと運送屋Fへ軽油6k。
むかしJとかEのローリー乗ってた頃によく来てたので勝手知ったる感じで気楽。


結局6カ所卸しのうち4か所は運送屋の自家給油所。まあ夏場はこんなもんかなあ。灯油需要が減るのでどうしても相対的に軽油の仕事が多くなる。
最初配車表みたときの印象より、意外と終わるの遅かった。 まあ、久々だから勘が鈍ってた部分もあるだろうし、暑さで動きが鈍ってもいた。

よく行く美術館

以前隣の営業所にいてローリーに乗ってた頃、よく通る堤防道路から立派な庭園のある建物が見えていた。 調べてみたら、「県立水墨美術館」だった。 そんな水墨に特化した美術館なんて、存在することすら知らなかった。

「水墨美術館って知っとる? めっちゃキレイな庭園あるでー」
「ああスイビね 行ったことあるよ」
「『スイビ』???」
「近代美術館はキンビ。 水墨美術館はスイビ。」
「あ、そうなんすか・・・ つーか、行ったことあるんかい! そんないいとこあるんやったらさっさと教えてえーや」
「今度行ってみる?」

というわけで行ってみた。
水墨には興味がないので(なんて失礼な)、中庭に面した喫茶コーナーに寄る。

DCIM2167.jpg
↑前庭 中庭↓
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はああああああ。なんかイイいい。なんか落ち着くうううう。


・・・というようなことがあったのがもうかれこれ3年ほど前。
それ以来、街方面へ行った際の「ちょっとお茶してく?」のときの第一選択は常にココになった。ヨメはとうとう甘味メニューをコンプしてしまった。


しかしながら、3年たった今でも、美術館自体には立ち寄ったことがない。

オープンカー日和

ヨメと買い物。車で走っていた。
家を出てから20分ほどたった。赤信号の先頭で止まった。 後ろの車の運転手が、降りて、前へ向かってくるのがミラー越しに見えた。

なんや?ボンネットでも開いてたのか?と思ったら、自分のクルマには目もくれず、さらに前へ向かってくる。もうその先にはおれのクルマしかない。 ミラー越しでなく直接視界に入る位置まで近づいてきた。

こえー なんですかー おれ何かしましたかー??
こんこん、窓を叩く。
「はい?」窓を開ける。
「トランク開いてますよ!閉めときますねー」
「????」
ばたんっ

おれ「げっ トランク開いてたんか!」
よめ「えー まじでー」
おれ「そーいえば、買い物カゴ積んだあと閉めてないかも」
よめ「半ドアとかじゃなくて、全開?」
おれ「うん。半ドアとか後ろの人には分からんやろ」
よめ「開けたまま走ってたんか!恥ずかしーな、おい」
おれ「なんで気付かんだん?」
よめ「それコッチのセリフやわ」

とりあえず、その人その車はおれらを追走する形になっている。 ありがたいのは間違いないのだが、それ以上に、とても恥ずかしい。 用もないのにコンビニに入ってやりすごす。

「それにしても、なんて良い人!」
「普通教えてくれるかね?」
「しかも、わざわざクルマ降りてきて閉めてくれるなんて」

「昔、後ろの車がずーっとハイビームで走ってたから、信号で止まった時に苦情の一言も言ってやろうかと降りていったら、よぼよぼの婆ちゃんやったから、<ならしゃーないな>と思って、『ライト上向きになっとるよ』と言いながらレバー戻してあげたことあったけど、そんとき婆ちゃん両手でハンドル握って固まったままずーっと震えとった。」
「そらアンタみたいなコワモテ近づいてきたら婆ちゃんじゃなくたって怖いっつーねん」
「さっきの人、見るからに『良い人』やったもんねー」
「たしかにー」
「だから逆にそんな人を怒らせるような何をオレはしでかしたのかと焦った」

拍子抜けサミット

家で軽く仮眠してから、夜9時出発。
さすがに夜中まで混むことはなかろう。四日市市内の工場の目の前まで行って、広い道路の路肩で夜を明かす予定。

深夜の23号線。 さすがに空いている。 みんなここぞとばかりにぶっ飛ばしている。 ふだんノロノロ渋滞してる時間帯にしか走らないので気にならないが、23号線、実はそんなに広くない。 当然走ってるのは大型トラックばっかり。こんだけ横をびゅんびゅん走られると、怖い。 そして思い出す。

深夜の23号線は、誰も赤信号なんかで止まらない。下手に止まると追突される。  横道から青信号で出てくる車両も十分に左右を確認して顔を出さないとヤバい。

という噂を。 都市伝説の類なのか、ただ大袈裟に話してるだけなのか、23号線の話だったか、ほかの道だったか。わからんが、ちょっと手に汗にぎる。

まあ、ちゃんとみんな普通に信号守ってたけど。当たり前か。


2時半に寝たのに5時半に目が覚めた。
工場へは9時に進入していけばいいのでそれまで暇つぶし。 いつも23号線を通る朝8時半から9時の時間帯にグーグルマップを見てみたが、ふだんは23号線真っ赤っかなのだが、むしろいつもより緑色ゾーンが多い。


積み込み終わって23号線を戻る。自分が走ってる方向も、反対方向もびっくりするぐらい空いている。さすがに深夜と同じようにはいかないが、みんな結構トバしている。普段の鬱憤を晴らすかのように。 しかしおれは20トン背負わされて、全然軽快に走れない。 むしろ空いてることが恨めしい。

いつもは40分かかる13.3kmの区間を20分で抜けた。確かにトラック少ない。みんな東名阪・新名神を回避して名神から行ったのだろうか。真面目やな。
じゃあ名神(大垣から米原JCT)混んでたのかというと、そうでもない。

結局、大騒ぎするほどのことは全くなかった。
毛布、着替え、食料、簡易アルコール検知器など、荷物が増えてめんどくさかっただけ。

伊勢志摩まつり

伊勢志摩サミット。5月26日27日。
その期間中ぐらいは四日市行のカスイ充填の仕事は回避してもらえるもんだと勝手に思い込んでいたが、よりによって26日に四日市まで行かねばならないことになった…空気よめよ…

四日市市は、各国首脳が降り立つ中部国際空港から皆さんの集合場所である志摩市へのちょうど途中にある。

東名阪自動車道が通行規制されることにより、並走する国道1号や23号が渋滞すると予想されており…そのR23を使っていつも四日市まで行ってる身としては… ただただ読めなくて恐ろしい。 


しばらく前に、会社に、「どんだけ混むのか想像もつかんから前夜に出発させてくれ」とお願いしたのだが、「30分ほど早く出ればいいんじゃね? それでも間に合わんようならこっちから工場に連絡しとくから」などとあっさり却下された。 状況が分かってないのか?分かった上で余裕かましてるのか?
が、3日ほどたって、「やっぱ前の日に出てってええよ。長距離扱いにしとくから」と電話がかかってきた。ようやく事の重大さがつかめてきたのか?

前の日の夜に出発する。恐らくそんな時間にオエライサン達は大移動しないだろうから、すんなり着けるだろう。たぶん。 朝まで工場の近くで寝ればもう渋滞に巻き込まれる心配もない。はず。 ま、帰りは多少・相当混んだところで大した問題ではない。おれの残業代が多少・相当増えるだけ。


現時点では何がどうなるのか、恐らく誰にも、分からん。 ほかの運送業者は名神側に迂回したり、そもそも仕事の日程を調整したりするのだろうか?
とりあえず延着(指定時刻に遅れること)の心配はなくなったので、お祭り騒ぎを堪能してくることにしよう。

クルミさん(チワワ♀)7歳

5月23日が誕生日。もう7歳。いまだに赤ちゃん扱いしてるが人間でいうと44歳だとか。もうすぐ追い越されますな。
仕事帰りに百均へ誕生日プレゼントにとカジリ棒を買いにいった。

百均だけあってというか、そもそも犬用でもないただの工作用角材。(丸いが) どーせ中国製だろうし変な薬品が混じってないかとかも心配だが、一番懸念してたのは硬度。 ずいぶん前に買ったカジリ棒(これは確かペット屋で買った犬用のもの。ちゃんとした素材で出来てるはず)も、じょじょに削れて細く短くなり結局最後には消えてなくなった。 この角材(桐)はどうだろうかと思いながら、帰宅し、のこぎりで手頃な長さに切り、角をサンドペーパーで滑らかにし、与えてみた。

krm7.jpg

思った通り一心不乱にかじり始めた。

が、音聞いてるだけでも分かる。すごい勢いでボロボロと削れていってる。柔らかすぎた? 破片を飲み込んだり、その辺に食べ散らかしたり。  わー 待ったまったー! やっぱだめー  危険な香りがするのでいったん取り上げ。


そらそーだわな。 柔らかいからこそ工作用として選ばれたわけで。
すまんクルミ。 またちゃんとしたの買ってくるから。


突然クルミギャラリー
krm04か月
krm22歳
krm33歳
krm525歳
krm66歳


天文台に行ってきた

久しぶりに外食したあと、ヨメが「帰りたくないの…」と言ったので(うそ)、天文台に行ってきた。

天文台というものが近くにあることは知っていたし興味は津々だったのだが、なかなか足が向かなかった。ヨメがそっち方面に興味なさそう(確かめたこともないが)なことも一因。
郊外をぶらぶら走っていたら「天文台7km」という看板が目に入ったので、「天文台でもいく?」と冗談で行ったら、「いいよ」と驚くような返事が返ってきたので、気が変わらないうちに向かった。

看板に導かれるままに駐車場までたどり着く。真っ暗。
場内の案内看板に、「天文台まで徒歩12分」とある。 近くまでクルマで行けへんのかい! 車のライトを近づけない為の措置なのだろうか。 しょうがないので、何十メートルか毎にある薄暗い街灯を頼りに真っ暗な山道を歩く。

怖い・寒い・帰りたいを連呼するヨメをなだめすかしながらなんとか本館到着。12分ぶりの文明の光。
さっきの駐車場に車3台しかなかったので、観察会やら某かのイベントはちゃんと行われるのだろうか。おれらと学芸員のマンツーマンってことにはならないだろうか。いろんな不安はあったが、とりあえず、帰りも同じ道を歩かなきゃならんのが一番の憂鬱。

入館してみると、親子連れが手続き中。 あ!他にも客おった。よかった。
おれ達の番になり、券売機の前でもたもたしていると、
おっちゃん「土曜日はカップル無料ですよ」
おれ「あ、そーなんですか!カップル・・・というか、夫婦ですけど」
おっちゃん「大丈夫ですよ ところでどうやって来られました?」
おれ「どうっていうか・・・クルマで来て、駐車場から歩いてきましたけど…」
おっちゃん「あー バス呼んでくれれば」

駐車場の看板には、
「身体障害者の方、ご高齢の方はインターホンでお呼びください。バスがお迎えに上がります」
みたいなことが書いてあったが、いちおうどちらにも当てはまらないので仕方なく歩いてきた次第なのだが、よくよく聞いてみるとそれは冬期間だけの措置で、要は、雪のない季節は呼んでくれればすぐにバス向かわせまっせ、ということらしい。

おれ「あー そうだったんですか…はるばる歩いてきました(笑)」
おっちゃん「帰りはバス乗っていってくださいね」

ということで現在すでに屋上で星空観察会が始まっているということだったので、案内してもらった。

屋上。
けっこう人いっぱい!20人ぐらい? 子供連れのお母さんが多い。本物のカップルも何組か。 何かよく分からんけど盛り上がっててよかった。 星空マスターみたいなオッチャンが夜空に向かってレーザーポインター振り回しながら星座や次に人工衛星が現れるハズのポイントを説明している。 だんだん暗闇に目が慣れてきて、いろいろ見えるようになってきたが、結局人工衛星は分からなかった。子供たちは「あれ!みえた!」と盛り上がっていた。

建物の中に入り、でっかい望遠鏡のある部屋に案内される。
いくつかの星に焦点が合い、覗かせてもらう。 正直、ただの光点。真っ暗な視界中に明るい点が1つ見えるだけ。 だからナニ?という感じはぬぐえないが、それを顔に出さないように努めつつ席に戻る。 子供たちのように無邪気にはしゃいであげられなくて申し訳ない。
しかし、最後に「土星です」と言われて見せられた像には、そこそこ大きく土星とその衛星たちが映っていた。土星の縞模様?みたいなものも見えてちょっとテンション上がった。 環は見えなかった。分からなかった。残念。

プラネタリウムの部屋へ大移動。
みんなで床にゴロ寝。天井のスクリーンを見つめる。 全部の光点が明るすぎるというか強調されすぎているので、実際の星空感からは程遠いが、まあ星座の説明の為にはこっちのほうが分かりやすいのかもしれない。

・・・ヨメに急に腕をつねられた。 寝てた模様。 仰向けに寝っころがって、ありがたーいお話を聞いていれば、寝るなという方が無理な話。 星座とか神話みたいな話にはあんまり興味ない。


帰りのバスの時間が来たのでお開き。
子供たちがみんな楽しそうだったのが印象的。土曜の夜(そしてカップル無料)だからかもしれないが、思ってた以上に賑わっていた。 これが流星群やら日食月食みたいな珍しい現象があるときはさらに混雑もするのだろう。

そして一番楽しんでいるのは、実は、解説員のおじさんな気がする。 ヨメ曰く、「自分の好きな趣味のコトしゃべって、たくさんの人が聞いてくれて、いい仕事だよね~」

サークルの発表会

「日曜日、お茶会行こう!」
「お茶会?」
よく分からんが、また新しい喫茶店を開拓したのか?ぐらいにしか思ってなかった。

国宝瑞龍寺で、裏千家?表千家?みたいなとこが主催して行う、かなり本格的なお茶会。 ヨメ母がお茶やってる関係で券が回ってきた模様。ヨメは何度か行ってるみたいだが、おれは初。 お茶菓子もらえるならなんでもいいわ~ぐらいの感じでついていった。

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早めに着いたので境内でプチ観光気分で写真撮りまくる。(ヨメの実家から徒歩5分なので何度も来ているが)

時間になったので茶室に入る。
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<これは新聞社のHPから拝借した写真だが、まあ雰囲気はこんな感じ。ここまで人は多くなかったが>

オバサマ方しかいない・・・ 着物の人ばっかり・・・ おれ完全に浮いてる・・・

お茶立てる人と飲む人(の代表)の、時候の挨拶から始まり、部屋や調度品などを褒めたり、掛け軸を説明したり、・・・という一連のやり取りがなされてるうちに、一般客の前にもお茶菓子が配られた。 お茶まだ来てないのに、さあ食え!みたいな空気になり、めっちゃ甘い、甘いモン好きのおれでさえ何か飲みながらじゃないと食べる気にならないぐらい甘いお菓子を(いや確かに美味しいんですけども)、のどに押し込んだ。

そしてお抹茶が運ばれてきた。先に配られてた人達の作法を見よう見まねして、飲んだ。何回かに分けて飲み、最後はズズズと音を立てて飲み干すのだとか。 そしてみんな飲み干した後の器をコレデモカと眺めたり持ち上げて裏を見たり隣の人と頷きあったりしてるのを、・・・真似しようと思ったがこっ恥ずかしくて出来なかった。

さっき境内にいた外国人夫婦もいた。
国宝観光に来たらたまたまお茶会というトラディショナルなイベントやってたからふらっと覗いてみたのか、そもそもこのお茶会狙いで意気込んでやってきたのか分からないが、おれらよりよっぽど上手に振る舞い、場にとけこんでいた。
そして彼らのおかげで、室内に入り込んでいたテレビカメラがほとんどこっちを向かずにいてくれたのでとても助かった。

よめ「お茶おいしかったね」
おれ「もっと渋くて苦いのかと思ってた」
よめ「おもしろかった?」
おれ「まあ貴重な体験させてもらいましたわ」
よめ「また行きたい?」
おれ「それはないな」
よめ「ないんかい」

強風に耐えるチューリップ

空は晴れ渡っているのに、風だけ強い。 台風シーズンに来る台風より、よほど強い。 こんな変な風吹いたのいままで見たことない。
他の花は風が吹く前からとっくに落ちているのに、この人だけしつこく頑張っている。

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新築マンション4000万円

ヨメの、「マンションに住みたい!」圧が最近すごい。
いろいろ思うところはあるが細かく反論するのもめんどくさいので、中古分譲マンションの内覧会みたいなのには時々渋々付いて行っている。おれとしてはあくまでも暇つぶしの一環。

エスカレートして、とうとう新築マンションのモデルルームに行こうと言い出した。富山駅のすぐ目の前に出来る豪華なヤツ。

おれとしては当然冷やかしのつもり。
「じゃあ、『今すぐどーのこーのはないが、老後のマンションライフの為の勉強に来ている』、という体でいくよ?」
「わかった」
などと一応打ち合わせはしてみたが、やってきた担当の、いかにも「わたしがエース営業マンです!」みたいなソツナシ爽やかボーイの話術に巻き込まれ、
「いやー おれは住宅ローンも抱えててそんなマンションなんて買う気、全くないんですけど、ヨメが夢ばっかり語ってうんぬん」などと本音こぼしてからは、
営業「そうなんですよ。旦那さんが現実派で奥さんが夢見がちってパターンのご夫婦よくいらっしゃいますよ~」
おれ「どこも同じなんですねー」
よめ「・・・」
その後なぜかオレと営業マン2人でヨメを諦めさせる方向で説得するという謎の流れになり、そのうち「電話がかかってきたのでいったん席を外させてもらいます」といったっきり戻ってこなくなった。
「どーせおれ達、脈の無い客やし、他の客のトコでも行ったんじゃない?」と笑っていたら、別の営業マンがやってきて、続きの対応をしてくれることになった。

営業2「ぶっちゃけ聞きますけど、どのくらい見込みあります?」
おれ「ゼロです!!(笑)」
よめ「・・・」
営業2「あー そーなんですね(笑) だったら逆に話しやすいです」

で、いろいろマンション業界やらいろいろ雑談して軽くアンケートに答えて、いちおうモデルルームも見せてもらってから、お開きになった。
そもそも、朝刊の折り込みチラシに書いてあった「アンケートに回答くださった方にはクオカード1000円分プレゼント」の文字に釣られてやってきてた部分もあったのだが、こっちの手の内完全にバレてるし、まさか「クオカードくれへんの?」とも言い出しづらいので、そのまま帰ってきた。

おれ「クオカードもらえんかったね」
よめ「営業の人にクレクレ言い出さんかと冷や冷やしてたわ」
おれ「さすがに言えんて」


一か月後。
1000円分のクオカードが郵送されてきた。律儀か!


4/21追記
今日そのクオカードを使おうと袋から出したところ、袋の中にもう1枚カードが入っている。 台紙?かとも思ったが、よくみたらクオカード1000って書いてある。 なんで2枚入ってる? 袋キチキチだから、おそらく間違えて入れたわけではないものと思われる。 2人分くれたん?? 真面目か!! いや、ありがとう。

何十年ぶりに水たまりにハマった

四日市往復の日。
このところ日中やけに暖かくなってきたので、四日市の帰りはサンダルに履き替えて走ることにしよう~と思って、サンダルと短い靴下(←運転時もっとも快適なスタイル)を持って家を出た。

ら、雨。
会社の駐車場に着き、短い靴下だけカバンの中に入ったまま、サンダルはマイカーに置いてった。雨降りにサンダル履きだと逆に足が濡れてしまうだろうから。

事務所でアルコールチェックしたり伝票確認したりともろもろの準備をして、荷物を抱えトラックに向かう。 朝3時10分。まだまだ真っ暗。 雨が降ってるのでつい小走りになる。

ばしゃーん! うわっ

足ずぼ。膝カックン。なんか知らんが水たまりに突っ込んだようだ。 ふともも前面びしょぬれ。今朝おろしたばかりの靴下もびちゃびちゃ。 なんやねん朝から!なんでこんなとこに水たまりあんねん!

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写真と本文とは関係ありません

そんなに広くない会社の敷地内で、トレーラがいつもいつも同じ箇所でUターンしてると、そこだけアスファルトがめくれて掘れてしまうという現象がおきる。 最初の頃は誰かがマメに砂利で埋めたり鉄板敷いたりしていたが、もう、何したってどうせ掘れるんやから最近は放置。おれらも、どこに穴が開いてるかとか気にしなくなっていた。

そして今日、いろんな偶然が重なって、おれの右足がちょうど水溜りの最深部を踏み抜き、豪快に水飛沫が上がり、それが靴や靴下や作業服を濡らすこととなった。 しかし、さらに、偶然というのは重なるもので、今日はちょうど替えの靴下とサンダルがある!

運転席に座ってもぞもぞと短い靴下に履き替えて事無きを得た。サンダルは、マイカーまで取りに戻るかどうか迷ったが靴の中までは浸水してないようなので見送り。 太腿はまだ濡れたままだがこっちはエアコンがんがんかけてればそのうち乾くでしょ。足元さえ乾いてればたぶん快適。 


ただ、とはいってもしょせん短い靴下。歩いてる時も自分の足の地肌部分がズボンの裾からちらちら見えるのが気持ち悪い。 お客さんの前に出るときはぎりぎりまでズボンを下げて、小股で歩いた。

元バスの運転手・続

前回までのあらすじ
2015年12月5日の日記で、グループ会社から冬季限定助っ人としてうちの会社にローリー乗りに来てる人がいると書いた。大型トラック(正確にはバス)経験はあるがローリー仕事はしたことないので、作業内容を教える為に添乗した、その際Kさんのギアチェンジ(クラッチの繋ぎ方)がとてもスムーズで、さすがバスの運転手は違うのう~と思った。という話。


12月アタマから3月いっぱいまで臨時運転手としてさしたるトラブルも起こさず頑張って頂いた。 そして4月1日になって元の職場へ戻っていかれた。お疲れ様でした。

Kさんはいなくなったが、A号車は4月以降も当然稼働する。 おれが乗ることになった。

乗ってすぐ分かったことがある。 どうもこのクルマはギア入れるときにガリガリいう。とくに6速。 なもんでギア入れるときに回転数合わせたり、クラッチ繋ぐときもゆっくり慎重になったり、自然になる。 そうしないとウルサイしガクガクしてめんどくさいから。 Kさんが特別慎重派だったというわけでもないようだ。
しかし、前からこんなクセあっただろうか。思い出せない。前にこのクルマ乗ったのいつだったっけ。それも思い出せない。 あっても気にせずガリガリ言わせてたのかもしれない。Kさんの運転を見て自分も気にするようになったのかもしれない。

いずれにしても、久しぶりにマニュアル車に乗り、それが久しぶりの板バネで、なんか不自然に足が疲れた。 今後もこのクルマに乗る機会は増えるだろう。重油ローリーなのにスイングホース付いてないし、重たい4mホースなこともあって、地味にめんどくさいクルマだ。 次の冬にまた助っ人がやってくるまでの我慢か。
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